2024 11,23 09:15 |
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2007 04,14 21:38 |
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なんかふと使命感に駆られて書いたりしましたがあくまで仮書きですのでこちらに載せる事にしたと
そゆことです 私は彼を見ていた。
興味があったのかもしれない。
見ていただけかもしれない。
ただただ、私は彼を見続けたのだ。
彼はいじめられている小学生であった。
いつからそうなったのかは知らない。
上履きは毎朝のようにどこかへ行っていたり、砂が入っていたり、雨の時は水浸しにされていた。
教科書はいつものように無くなっていた。その度に彼は教師に怒られていた。
だが、無くなることに誰一人疑問を持たなかった。彼をいじめている者は、盗んでは戻し、盗んでは戻す。
つまりは、その教科の時間に、その教科書を盗み、次の時間には返している。
私には何故そのような事を起こすのかわからなかったが、やがて、彼の親がそれを無くした事を不審に思わせない事への策略だと知った。
策略家だ、と思った。
生徒が多いところでは暴言。周りに彼のマイナスイメージを植え込む為であった。
教師の前では善人ぶる。教師を敵に回さないようにするためだった。
急所を中心に狙ったリンチ。より多くの苦痛を与える為と、痣などを作らせて不審がられない様にする為だ。
だが、彼は親などに言わなかった。不思議だ。なぜ苦痛を受け止めようとするのだろうか、と思う。
やがて、私はそんな彼を見て、興味がわいた。
―――どうなっていくのだろう。
だが、その興味は、すぐに無くなった。
―――彼は自殺した。
苦しみを溜めてためて、最終的に自殺したのだろうかと今思う。
多分、今彼が現れてくれるのなら、私は聞くだろう。
何がきっかけで死んだのか、と。
私は浅くも彼と関係があったので、葬式に出ることになった。
私は泣かなかった。
当然だ。
私は彼に対する涙を持ち合わせてないのだから。
「彼」がいなくなってみると、見るものがなくなったためか、日々に充実感が無くなった。
仕方が無いので、私は別の「彼」を見ることにした。
彼はいじめをする中学生だった。
彼はいじめをする度、心の底から楽しんでいた。
殴り、侮辱し、嘲り笑った。
彼も策略家で在ったのだろう。
彼は公の場で彼を侮辱する以前に、クラスのほとんどを味方につけていた。
そのため、彼が誰かを嘲れば、クラスのほとんどが嘲り笑う。
彼が誰かを軽蔑すれば、ほとんどの人間がそれを軽蔑し続ける。
彼が誰かをいじめれば、ほとんどの人間がそれをいじめ続ける。
彼は怖いもの知らずであったのだ。
やがて、そんな彼を見た私は、彼に興味を持ち始め、充実感を身に付け始めた。
…だが、それは消えた。
―――彼は自殺した。
怖いもの知らずであった彼。
全てを味方につけたはずの彼。
だがそんな彼が怖いものを見、逃げようとしたところを…誰も止めなかった。
彼は全てを率いていた。だから誰かが彼に文句をつければ、彼はその誰かを切り捨てた。
だから、誰一人止めてくれる人はいなかった…。
私は浅くも彼と関係を持っていた。だから葬式に出た。
誰も泣くことをしなかった。
当然だ。
彼のために泣くなど、みっともないだろう?
「彼」が無くなった。再び私の充実感は消えた。
私は、再び別の「彼」を見ることにした。
彼はいじめに興味をもたない教師だった。
彼は、例え自分のクラスにいじめがあろうと、見過ごす。
しかし、先生と言う立場上、いじめがクラスにあっては彼にとって危うい。
策略家の彼はこうした。
いじめのことを話してくる生徒は、対処しておくと言う嘘をついて彼は軽く流す。
いじめている生徒を見かければ、他のところでやれと彼は言う。
そうやって彼は証拠をもみ消し、「いじめを起こさない良い先生」という偽りを作り、それに浸ったのだ。
いじめの問題を、彼は単に鬱陶しい宿題のように判断し、やりましたと言っては他人にやらせる始末。
そんな栄光と自由に浸る彼は、やがて私に興味と充実感を与えた。
…彼は自殺しなかった。それによって私の充実感は持続し続けた。
だが―――
―――彼は殺された。
復讐、だったのだろう。
私が聞くところ、彼をナイフで突き刺し殺したのは、いじめられていた生徒だった。
栄光と自由に浸る彼は、逆恨みされ仇とされることを知らなかったのだろう。
彼を殺した生徒は捕まったが、その顔は笑っていた。
多分後悔していないのだろう。彼を殺して正解だ、と心の中で思いながら。
私は彼と浅い関係を持っていた。だから当然のように葬式に出席した。
偽りを知らない者は泣いていた。
偽りを知る者は泣かなかった。
当然だった。
それが、報いであるからだ。
―――さて、
私はそれから「彼」を見ることをしなくなった。
当然「彼」に代わる者は多く居た。だが私の興味と充実感を満たしてくれる者はいなかった。
…私はもうすぐ死ぬ。年と言うやつだ。
私は、死んだらどうなるのだろうか?
それには興味がある。だが充実はしないだろう。
もし充実するとしたら…死んだ後…
「彼ら」に彼らの葬式の様子を教えた時の、
彼らの後悔した顔を見るときかもしれない。 PR |
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